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現在、勤務している会社に入るときに「時間外手当は一切請求しないこと」と明記されている誓約書に自署捺印したのですが、私は、時間外手当は請求できないのですか。

A

労働者が時間外手当を一切請求しない旨が明記された誓約書に自署捺印しても、誓約書のその規定は無効であると判断される可能性があり、その場合は、時間外手当を請求することができます。

1.賃金債権放棄の意思表示の有効性

(1)多くの会社では、入社時に、労働者に、①就業規則の遵守、②人事異動(配置転換、出向等)への同意、③守秘義務の遵守、④退職後の競業の禁止、⑤退職後の守秘義務の禁止等が記載された誓約書に署名捺印することを求めており、労働者も、特に疑問もなく誓約書に自署捺印して提出することが多いのではないでしょうか。

 

(2)それでは、労働者が質問にあるような「時間外手当は一切請求しないこと」という規定が含まれている誓約書に自署捺印した場合、そうした誓約書は有効とされ、労働者は時間外手当を請求できなくなってしまうのでしょうか。

 

(3)裁判所の考え方

在職中の不正経理の弁償として退職金を放棄した労働者が退職後にその放棄は無効であると主張して退職金を請求した事案において、判例は、「本件退職金は、就業規則においてその支給条件が予め明確に規定され、被上告会社が当然にその支払義務を負うものというべきであるから、労働基準法一一条の「労働の対償」としての賃金は該当し、したがつて、その支払については、同法二四条一項本文の定めるいわゆる全額払の原則が適用されるものと解するのが相当である。しかし、(中略)本件のように、労働者たる上告人が退職に際しみずから賃金に該当する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、右全額払の原則が右意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。もっとも、右全額払の原則の趣旨とするところなどに鑑みれば、右意思表示の効力を肯定するには、それが上告人の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきである。」という原則を示しています(最二小判昭和48年1月19日民集27巻1号27頁(シンガー・ソーイング・メシーン事件))。

結論として、この判例は、「右事実関係に表われた諸事情に照らすと、右意思表示が上告人の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していたものということができるから、右意思表示の効力は、これを肯定して差支えないというべきである。」と結論づけていますが、他の裁判では、経営危機に瀕した会社が労働者の同意を得て賃金の減額を行う場合は、同意は労働者の自由意思に基づくものであることを必要とし、特に、黙示の合意の場合はその成立や有効性は厳格に判断され、「被控訴人らがその自由な意思に基づいて本件減額通知を承諾したものということは到底できないし、また外形上承諾と受け取られるような不作為が被控訴人らの自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということもできない。」(東京高判平成12年12月27日労判809号82頁(更生会社三井埠頭事件)と判断しています。

 

2.具体的な判断

入社時に「時間外手当は一切請求しないこと」と明記されている誓約書に自署捺印したというご質問の事例でも、「労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない」のですが、結論は個別具体的な事情によって異なってきます。

もっとも、通常は、労働者に対し、会社の賃金規程等を十分に理解していない入社時に「時間外手当は一切請求しないこと」を誓約させることには無理があります。また、そもそも労働者が自身に不利益となる誓約書に自署捺印したことについて、自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していたことの証明はなかなか難しいと考えられます。

そうすると、ご質問の事例でも、労働者が時間外手当を請求できる可能性は十分にあると考えられますので、まずは、弁護士にご相談なさってみてください。

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